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新潟地方裁判所長岡支部 昭和37年(わ)36号 判決

被告人 梅田郷太郎

昭三・五・二七生 土工

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和二七年頃から土工として各地の工事現場を転々とわたり歩き、昭和三六年九月末頃からは新潟県中魚沼郡津南町大字中深見字大場の川田工業株式会社大場導水路工事現場において、同現場山田班に属して稼働していたものであるが

第一、昭和三七年一月二四日午後八時三〇分頃肩書住居の飯場内において、花札遊戯をしたり或は休息したりしていた同現場丸山班所属の丸山勝次(当四七年)、小泉仁策(当三六年)、鈴木秀幸(当二九年)、涌井昭治(当三三年)、桑原敬二(当三七年)、涌井光吉(当二八年)、桑原徳重(当四五年位)、福原隆博(当一六年)及び福原惣平(当五〇年位)に対して話かけたところ、同人等がこれにとりあわずかえつて欠伸をする等したため、馬鹿にされたものと邪推し、更に同夜右福原惣平の炊事した夕食が悪くこれに不満を抱き丸山班所属の者等に対して快く思つていなかつたこと等も手伝つて激昂し、たまたま工事現場から持ち帰つていたダイナマイト(約五〇糎の導火線及び工業用雷管を装填したもの)の導火線に点火してこれを同人等に示しながら「欠伸をしたのは誰だ、言わないとぶつとばしてやるぞ」等と言つて同人等の生命、身体に危害を加うべきことを告知して同人等を脅迫し

第二、前記の如き状況において、既に燃焼中の前記導火線をダイナマイトから抜き取る等して、前記ダイナマイトの爆発を未然に防止すべき義務があるのに拘らず、前記強迫行為に熱中して右爆発を防止すべき時機を失した重大なる過失により、間もなく右ダイナマイトに引火これを爆発させ、よつて前記丸山勝次に対し加療約三週間を要する顔面、右上腕爆創及び両耳出血、小泉仁策に対し加療約三週間を要する顔面、両眼部、両耳爆創、鈴木秀幸に対し加療約三週間を要する顔面、左耳介、左前腕爆創、涌井昭治に対し加療約二週間を要する爆傷性右大腿部打撲傷、陰茎擦過傷の各傷害を負わせ

たものである。

(証拠標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断省略)

(本位的訴因に対する判断)

検察官の主張する本位的訴因は、被告人は前記判示の日時、場所において、丸山班の土工から嘲笑されたと邪推して憤激し、同日夕刻工事現場から持帰つた工業用雷管及び導火線を装着したダイナマイト一本を同班土工丸山勝次等の面前で煙草の火をもつて右導火線に点火して右ダイナマイトを爆発させ、もつて治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとするの目的を以つて爆発物を使用したものである(爆発物取締罰則違反、同法第一条)というのである。

よつて案ずるに、爆発物取締罰則第一条違反の罪は講学上所謂目的罪であつて、治安を妨げる目的又は人の身体財産を害する目的を構成要件の主観的要素とするものであり、ここに治安を妨げとは国又は社会の安寧秩序を侵害することを言い、人の身体財産を害するとは人の身体を傷害し若くは人の財産を損壊することを指すものである。而して、右目的の内容たる事実について如何なる程度の認識を必要とするかは、本罰則の法理を合理的に解釈して決すべきであることは言うまでもない。そもそも本罰則が特別法規として制定された趣旨は、爆発物のもつ極めて大なる破壊的性能が前記の各目的と結合するときは、国家社会の平穏を著しく阻害し或は極めて兇悪なる犯罪として発現するため、これを禁遏しもつて国家社会の安全と人の生命、身体、財産を保護せんとするものである。即ち、刑法及び火薬類取締法規等をもつては充分とせず、特に本罰則の存置を必要とする主たる理由は、爆発物とその使用目的の結合にあると言うべきである。かように本罰則においては前記各目的の存在が構成要件の主観的要素として重要な比重をしめていること及び本罰則が予防主義的ないし刑事政策的色彩の濃厚な法規であり、刑法第一一七条の罪等に比して厳格な法定刑を定めていること等を合せ考えると、本罰則における目的につき、その内容たる事実の認識は単なる予見ないし未必的認識をもつては足らず、確定的認識を必要とすると解するのが相当である。

本件において、被告人は前記判示の如き動機から丸山等を脅迫しようと考えて、導火線に点火したものであり、しかも本件犯行現場は最近接する部落まで約三粁を距る工事現場であつて、検察官の主張するが如き治安を妨げる目的即ち国又は社会の安寧秩序を侵害する目的があつたものと認めることはできない。又、被告人の本件犯行の目的は丸山等を脅迫することにあつたものであり、同人等の身体を傷害し或は財産を損壊することについての確定的な認識の存在は証拠上これを認めることはできない。なるほど、被告人は日頃ダイナマイトの類を扱うことがあり、その爆発力が如何なるものであるかは熟知していたであろうし、本件犯行現場の如き狭隘な家屋内で万一爆発することがあれば、同所に居る者は傷害を受けることは勿論、ことによると生命を落す結果にもなりかねないと予見していたものであることは充分これを認めることができる(但し、傷害ないし死の結果について、これを未必的にも認容していたものとは認められない)。然し、前述のとおり本罰則における目的は、その目的内容たる事実について単なる予見ないし未必的認識が存在していたというだけでは足りないのである。

以上のとおり、被告人の本件所為は爆発物取締罰則第一条違反の罪を構成するものではないから、検察官の主張する前記本位的訴因はこれを排斥し、判示のとおり予備的訴因によつてこれを認定したわけである。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示各行為中、判示第一の行為は各刑法第二二二条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に、判示第二の行為は各刑法第二一一条後段、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号にそれぞれ該当するが、右はそれぞれ一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、各刑法第五四条第一項前段、第一〇条により判示第一の各罪については犯情が最も重いと認められる丸山勝次に対する脅迫罪の刑に従い、判示第二の各罪については犯情が最も重いと認められる丸山勝次に対する重過失傷害罪の刑に従い、右脅迫罪については所定刑中懲役刑を、右重過失傷害罪については所定刑中禁錮刑をそれぞれ選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条、第一〇条により重い右脅迫罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法第二一条に則り未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部被告人の負担とする。

(裁判官 豊島正已 正木宏 石田実秀)

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